東北地方を見ていると私の体験などほんのささいなことでしかないが、今後の備えのため記憶が新しいうちに記録しておく。
地震が起きた時、会社の事務所の自席に座っていた。管理部の社員が非常ドアを開けに行ったのが見えた。直後に少し揺れを感じたので、私も当社のメインの扉をあけにゆく。いつもの習慣だが、今回はそれだけですまなかった。自席に戻ってきてもまだ揺れは続いている・・・ばかりか、揺れがどんどん大きくなってる!!始めは笑っていた社員たちも全員が机の下に。。。PCのディスプレイはひっくり返り、書類やファイルが散乱した。これまで経験したことのない揺れ、震度5強でこれだったら、震度6や7というのはどういう状態なんだろう。地震の本当の恐ろしさを初めてほんの少し知った。
揺れが少し落ち着いたところで、貴重品だけもって非常階段で駅前のロータリーに避難するようにと指示。二手に分かれ、全員静かに避難。その後どれぐらいたったのか全く覚えていないが、少し落ち着いころ、ビルの管理事務所の人が火災は発生していないので、戻ってもかまいません、とのこと。7階まで階段であがる。

戻って片づける。幸いなことに、重大な被害はなかったが、いろんなものを机の上に置いておいちゃだめだなと痛感。
さて、まずは保育園にお子さんを預けている社員はすぐに帰宅するように指示。その他にもお子さんや年よりやその他、早く帰りたい事情のあるものは、早退OKしたが、最初に帰った2名以外は残っていた。展示会に出ていたメンバーおよび後から合流した社長から全員無事で避難している旨連絡あり、ひとまず全従業員の無事が確認とれた。地震発生直後、なんとかつながっていたが、この後、携帯電話も固定電話は全くつながらなくなった。みんな家族の安否が気がかりのようだが。そして会社の電話も鳴らない。事務所の中は妙に静かで、ときどき余震が続く。
近隣をみても時折消防車のサイレンは聞こえるものの、火災・停電などは発生してない様子。ラジオだけが頼り。
JRは動く気配がない・・・どころか、駅のシャッターを閉めている。タクシーは長蛇の列。
・比較的近い人。複数人でグループになり徒歩で帰宅。
・遠い人。待機またはタクシー。
・家族が迎えに来てくれる人。迎えをまつ。
・シングルルーム一部屋を確保、ここに遠方の女性社員二人宿泊。
スーパーは閉店しているので、飲み物と食糧(水とパン)を買い出しておく。
横浜市、川崎市は停電しているらしい。夫の会社は池袋にあるが、渋谷に向かって歩いているというメールが夫から入る。メールは遅れながらもなんとか連絡がとれる。夫を始め娘達、母には、直接はつながらないが、間接的に無事が確認できたのでよしとする。須賀川の夫の実家はあとになってメールで無事が確認できた。
会社から自宅まで、ほぼ10キロなので、隣駅に住む社員とともに私は徒歩帰宅することに。よりによって今日はピンヒールを履いている。社員にクロックスサンダルを借り、会社を出たのは19時前だった。
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