父の日記
1冊の日誌の写しがある。正本は入間の修武台記念館にある。
1945年4月24日、地形慣熟飛行から始まり、離着陸、そして分隊教練、・・・と続く。
堅苦しく几帳面につづられた日誌の中にも若々しさが垣間見える。
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全般に対する注意
1.担任教官○苗大尉殿
イ.体験基礎実地教育なり
ロ.機眼を働かせ
ハ.「若さ」を以てぬかりなく徹底してやれ、長所は若さにして短所亦然り。
ニ.発動機に対する観念
最小スローに空中においてなすは不可
2.心の音を知れ
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1945年(昭和20年)には、父は今の私の娘と同じ二十歳だった。二十歳の若者を戦場に送り出さなければならなかった時代とは一体どのような時代だったんだろう。あの時代の検証は十分にされたんだろうか。
「8月9日」日ソ開戦、方正へ」が、最後のページだ。この日長崎には原爆が落とされ、その直後、父に特効司令がでた。だが、父はこの日記を持ち帰り、戦いの場を替え、企業戦士として生き、リタイアしたのち病に倒れても、意識がなくなる直前まで家族のことのみならず仕事のことを気にかけていた。今日、8月24日は父の命日。父が亡くなって13年が経った。

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